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● フラクタルの話 ●
「部分」の中に潜む「全体」
ここに、とある場所の海岸線の地図があるとします。細かく入り組んだ地形のリアス式海岸です。中央付近には自然の造形とは明らかに異なる、直線的な形の港の突堤も小さく見えています。そして隣にもう1枚、同じような地図があります。複雑な海岸線の形は前の地図とそっくりで、少し離れた別の場所かと思いきや・・・・・・端の方に港の突堤が大きく描かれていることに気が付きます。そう、これは縮尺の違う、同じ場所の地図だったのです。
この地図の例のように、一部分を拡大すると全体と同じように見える複雑な形というのは、自然界のいたるところに見られます。このような形、あるいはこのような形を扱う考え方のことを「フラクタル(fractal)」と言います。フラクタルという言葉は比較的新しいもので、1975年にフランスの数学者マンデルブロ(Mandelbrot)が初めて提唱したそうです。語源はラテン語の「fractus(破片)」で、同じような言葉に「fruction(破片、一部分)」とか「fracture(破砕)」などがありますから、何となく雰囲気はわかるでしょう。とは言うものの、フラクタルを正確に言い表すことは簡単ではありません。実際にいろいろな考え方が出されていて、厳密にはまだ確定していない部分も多い、というのが本当のところのようです。
本サイトではもちろん、そんな厳密な話を持ち出すつもりはありません。何せ「数式を使わない」ことがウリのサイトなので、そこで幾何学・数学の一分野とも言えるフラクタルを厳密に扱えるはずもないですから。その分、絵やグラフを多めに使って話を進めましたので、感覚的に理解できるのではないかと期待しています。とにかく専門外の人間から見てもフラクタルというのは単純に「面白い」考え方ですから、ちょっとしたパズルの感覚で読んでもらえればいいと思います。
フラクタル図形いろいろ
コッホ曲線とコッホ島
フラクタルについてゴチャゴチャと説明する前に、まずは代表的なフラクタル図形の例を見てみましょう。手始めは、フラクタル関係の本や記事には必ず登場する「コッホ曲線(Koch Curve)」あるいは「コッホ島(Koch Island)」と呼ばれる図形です。スウェーデンの数学者コッホ(Helge von Koch)が20世紀初めに提唱したそうで、当然、フラクタルなる言葉もなかった時代です。
図1 リアス式海岸? コッホ曲線(a)とコッホ島(b)
図1(a)は、コッホ曲線ができて行く様子を示したものです。一番上は単なる直線(長さが決まっているので厳密には「線分」ですが)で、その真ん中の部分を、正三角形を作るように上に折り曲げたのが2番目の図です。ここでは同じ長さの直線が4本できています。次に、この4本の直線のそれぞれについて、同じように真ん中の部分を折り曲げます。すると3番目の図形ができました。今度は直線の数は16本です。この16本の直線にさらに同じ操作を繰り返し、直線を64本にしたのが4番目の図形、またまた同じ操作で256本の直線になったのが5番目、1024本になったのが6番目の図形です。だんだん、リアス式海岸のような形になって来ました。ここから先は画面の解像度が追いつかないので省略しますが、このような操作を無限に繰り返してできるのがコッホ曲線です。ここで示した図では操作を途中で止めていますから、厳密にはコッホ曲線にはなっていないわけですが、5番目や6番目の図からイメージは十分にできると思います。このコッホ曲線は、一部分を取り出して拡大しても元と同じパターンが現れ、そのまた一部を拡大してもまた同じパターンが現れる、典型的なフラクタル図形になっています。次から次へと狭い領域に同じ操作を施しているのですから、当然と言えば当然ですね。
このようなコッホ曲線で周りを囲まれた形が図1(b)の「コッホ島」です。図に示しているように正三角形から出発して、各辺に対してコッホ曲線を作る操作を繰り返して行けば、一番下の雪の結晶のような形ができるのです。この島そのものはフラクタルではありませんが、海岸線はコッホ曲線ですから当然フラクタル図形です。そのためコッホ島の住人は、(島全体を描くような場合は別として)海岸線の地図を作る時に縮尺の違う地図を何枚も作る必要はなく、1枚作ったら、後は縮尺の記載を変えるだけで事足りてしまいます。
シルピンスキーのガスケットとその仲間
コッホ曲線は直線を徐々に複雑にして行くことで作られましたが、今度は平面をスカスカにして行くことで作られるフラクタル図形を紹介します。図2(a)はポーランドの数学者シルピンスキー(Waclaw Sierpinski)が考え出した、シルピンスキーのガスケット(Sierpinski Gasket)と呼ばれる図形です。ガスケットというのは配管などの継ぎ目をシールするために挟み込むパッキンのようなもので、普通は五円玉のような孔の開いた丸い形をしています。この図は三角形ですから、あまりガスケットらしくはありませんが、中に孔の開いた平面なのでこう呼ばれるのでしょうか。
図2 シルピンスキーのガスケット
スタートは正三角形で、これに逆三角形の孔を開けます。この時、残った部分が元と同じ正三角形になっているのがミソで、この小さな正三角形に対して同じ孔開け操作をすることができます。あとはコッホ曲線と同じように、延々と孔開け操作を繰り返せばよいわけで、最終的には孔だらけでスカスカのフラクタル図形ができるのです。
シルピンスキーのガスケットは図2(a)のような正三角形をしているのが普通ですが、実際にはどんな三角形でもよくて、例えば図2(b)のような形もあり得ます。また、孔の開け方も、残った部分が元と同じ形になりさえすればよいのですから、図2(c)のようなパターンでも、ちゃんとフラクタル図形になるのです。
図2で、右に行くほど色が薄くなっているように感じると思いますが、これは気のせいではなくて、孔がどんどん開けられてスカスカ度が増しているからです。例えば図2(a)の正統派ガスケットの場合、孔開け操作を1回するごとに、残った部分の面積は3/4(75%)になって行きますので、右端の図形では元の三角形の面積の24%まで減ってしまっています(図2(b)も同じです)。また、図2(c)の場合には、孔開け操作のたびに面積が64%になりますので、右端では面積は元の11%しかありません。(a)や(b)よりも(c)の方がスカスカ度が高いのです(その分、より薄く見えます)。
同じようなことは、三角形以外の形でもできます。その例を図3に示しました。
図3 孔開け操作によるフラクタル作り
図3(a)は正方形の中央に、1/3の大きさの正方形の孔を開けて行くものです。この場合は「ロ」の字型に面が残りますが、これは1/3の大きさの正方形8個がぐるっと取り囲んだ形とみなせますので、8個それぞれについて、同じように中央に孔を開ける操作を繰り返すことができます。できた図形はスカスカの四角形で、シルピンスキーのカーペットと呼ばれています。
同じ正方形から出発する場合でも、孔の開け方はいろいろ考えられます。図3(b)はその一例で、今度は市松模様ができるようにくり抜いています。先ほどはくり抜く正方形は1個だけでしたが、今回は4個もくり抜きますので、出来上がる図形のスカスカ度はさらに高く、カーペットと言うよりはレース編みという感じになります。また、六角形から出発したのが図3(c)のパターンです。ここでは、孔の形を六角形にすると残った面が六角形の組み合わせになってくれませんので、内部と周辺から正三角形をくり抜いて、7個の六角形を残すようにしています(もちろん、これ以外の方法もあります)。新たにできて来る小さい六角形に次々に同じ操作をして行くと、これまた雪の結晶のようなきれいな模様になりました。この図形もちゃんとフラクタルになっています。面白いのは、この図形の中にコッホ曲線とコッホ島が隠れていることです。図にも示していますが、元の六角形の辺の部分がコッホ曲線に、内部に開いた6つの孔がコッホ島になっているのです。これを知った上でもう一度雪の結晶が作られる過程を見直してみると、図1に示したコッホ曲線とコッホ島を作る手順がそのまま再現されていることがわかると思います。もちろん、この図形はフラクタルなのですから、もっと小さなコッホ曲線やコッホ島も、いたるところに潜んでいます。
図2や図3は平面から出発するフラクタル図形ですが、同じような方法で立体に孔を開けて作られるフラクタル図形もあります。例えばシルピンスキーのカーペットとよく似たやり方で、立方体の中央を貫通するように各面に孔を開ける操作を繰り返すと、メンガーのスポンジ(Menger Sponge)と呼ばれる孔だらけの立体ができます。作り方からして当然ですが、それぞれの面はシルピンスキーのカーペットになっています。
図4 立体でも孔開け操作でフラクタル(メンガーのスポンジ)
まだまだ作れるフラクタル
コッホ曲線は、線を複雑にして行くことで作られました。またシルピンスキーのガスケットは面をスカスカに、メンガーのスポンジは立体をスカスカにすることで作られています。こうなると、線をスカスカにしたものと、面を複雑にしたものもありそうですね(立体を複雑にするのは、3次元世界の住人にはちょっと無理)。その例を図5に示しておきました。
図5 線をスカスカにしたフラクタルと、面を複雑にしたフラクタル
図5(a)はカントール集合と呼ばれるもので、線を3等分して真ん中を消して行く、という操作を繰り返すことで作られます。毎回1/3ずつ消えて行きますから、線はどんどんスカスカになり、見えにくくなって行きます。
図5(b)は、コッホ曲線を作るやり方を平面に当てはめて、平面の真ん中を飛び出させる操作を繰り返しています。コッホ曲線では三角形を作るように飛び出させていましたが、ここでは立方体にしてみました。岩がゴロゴロしている庭園、という風情ですから、ロックガーデン(Rock Garden)とでも名付けましょう。これを中央で2つに切ってみると、コッホ曲線の親戚のような、また見ようによってはシルピンスキーのガスケットにも似た図形が現れます(図5(b)の右上)。また、コッホ曲線で囲まれたコッホ島と同じように、立方体から出発して各面に同じ操作を施すと、図の右下に示したような面白い立体ができます。
フラクタルは何次元?
フラクタルの大きな特徴の一つは、その特殊な「次元」にあります。「フラクタルの次元」というと何となく難しそうですが、これ抜きではフラクタルの面白さも半減してしまいますから、例によって数式を使わないで、何とか理解できるように試みてみましょう。まずは「次元」というものをもう一度見直すところから始めます。
普通に一番簡単な言い方をすれば、0次元は「点」、1次元は「線」、2次元は「面」、3次元は「立体(空間)」ということになります。もう少し詳しい説明は
立体映像の話に書いていますのでそちらを参照してもらうとして、ここでは少し違った見方をしてみましょう。それは「長さ」「面積」「体積」という見方です。
0次元の「点」は、長さも面積も体積もありません。すべて0です。1次元の「線」は、面積と体積は0ですが、長さはあります。両端がはっきりしている直線(線分)ならば、その長さを何らかの(0やマイナスでない)有限の数値で表すことができるのです。2次元の「面」の場合は、体積は依然として0ですが面積は数値で表せます。それでは長さはどうでしょうか。例えば正方形は、図6(a)のように多数の直線が集まってできていると考えることができます。それぞれの直線の長さは決まっていますので、あとは本数がわかれば全体の長さが求められそうですが・・・・・、実際には幅を持たない直線を集めて面を作るには無限大の数の直線が必要ですから、本数は無限大。つまり正方形の長さは無限大になってしまうのです。立体の場合も同じように、無限大の枚数の面が集まってできていると考えることができますので、体積は数値で表せますが、面積(表面積ではありません)は無限大。そして当然、長さも無限大になります(図6(b))。
図6 正方形の長さは? 立方体の面積は?
これをまとめると、下の表のようになります。
表I 次元と「長さ」「面積」「体積」
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長さ |
面積 |
体積 |
0次元 |
0 |
0 |
0 |
1次元 |
有限の数値 |
0 |
0 |
2次元 |
無限大 |
有限の数値 |
0 |
3次元 |
無限大 |
無限大 |
有限の数値 |
各次元の欄を横に見て行くと、有限の数値を取るところを境にして、左側は無限大、右側は0になっているのがわかります。逆に言うと、無限大から0に変わる途中に有限の数値を取るポイントがあり、それがどこに来るかで次元が決まる、ということになります。その特徴的なポイントは、1次元ならば長さ、2次元ならば面積、3次元ならば体積、ということです。考えて見れば当たり前のことですね。何もこんな回りくどい説明をしなくても・・・・と言いたくなるところです。確かに、普通に次元を考えるだけならば、このようなややこしい話を持ち出す必要はないでしょう。ところがフラクタルとなると、次元の考え方を大きく広げなければうまく説明できないのです。フラクタル図形の長さや面積を考えてみれば、そのあたりの事情が見えて来ます。
まず、カントール集合から見てみましょう。元々は直線ですから、一見、1次元風です。それではカントール集合の長さはどうなっているでしょうか。もう一度、図5(a)を見てください。最初の線の長さを1mとしましょう。すると2番目の残った部分の長さは、元の2/3ですから66.7cmになりますね。3番目ではさらに2/3になって44.4cm、4番目は29.6cm。これをずっと続けて行くと10番目には2.6cm、20番目には0.45mm、50番目には0.002μm、そして55番目では原子の大きさぐらいになってしまいます。一回の操作で長さが2/3になるのですから、級数をご存知の方ならば、いずれ長さが0になってしまうことは容易にわかるでしょう。というわけで、同じ操作を無限回繰り返してできるカントール集合の長さは0になるのです。となると、これは1次元とは言えません。とは言っても0次元の「点」でもないですから、カントール集合の次元は1より小さい、0.***、ということになりそうです。先ほど、「無限大から0に変わる途中に有限の数値を取るポイントがあり、それがどこに来るかで次元が決まる」と書きましたが、これを当てはめると、長さよりも次元の低い何らかの尺度があって、その尺度に対してカントール集合は有限の数値を持つ、と考えられるのです。「次元が小数になる」と言うと、ちょっと変な感じがするかもしれませんが、フラクタル図形の次元(=フラクタル次元)は、平面や空間を表す普通の次元とは別の物と割り切って考えた方がよいでしょう。このような「整数でない次元もあり得る」というのがフラクタル次元の特徴でもあるのです。
次はコッホ曲線です。先ほどと同じように、図1(a)の一番上の直線の長さを1mとしましょう。2番目は長さ1/3の線が4本ありますから、トータル1.33mです。同じように考えると、3番目は1.78m、4番目は2.37mとなります。このへんまでは大したことはありませんが、さらに進めると10番目はついに10mを突破して13.3m、20番目は100mも大きく超えて237m、50番目は桁が4つも上がって1324km、そして100番目に至っては、何と23億kmというとんでもない数字になってしまいます。つまり、コッホ曲線の長さは、見た目は1mの範囲に収まっていても、実際は無限大なのです。一方で、幅のない線でできている限りは、どんなに長くなっても面積は0です。長さが無限大で面積は0ですから、有限の数値を採るポイントは長さと面積の間に来るはず。ということで、先の表Iに照らし合わせてみれば、コッホ曲線の次元が1次元と2次元の間に来ることが想像できると思います。
シルピンスキーのガスケットはどうでしょうか。図2のところでも説明したように、孔開け操作が進む度に面積は同じ割合で減って行きますので、操作を無限に繰り返した時にできる図形の面積は0になります。一方で、どんなに小さくなっても(無限に小さくなったとしても)、面がある限りはそこに無限個の線が含まれますから、長さは無限大です。この状況はコッホ曲線と同じですね。というわけで、シルピンスキーのガスケットの次元はコッホ曲線と同じで、1と2の間です。同じように考えると、ロックガーデンとメンガーのスポンジは2次元と3次元の間であることがわかります。これらの結果をまとめたのが表IIです。
表II フラクタル図形の次元を考える
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長さ |
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面積 |
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体積 |
0次元 |
|
0 |
|
0 |
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0 |
カントール集合 |
有限の数値? |
0 |
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0 |
|
0 |
1次元 |
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有限の数値 |
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0 |
|
0 |
コッホ曲線 |
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無限大 |
有限の数値? |
0 |
|
0 |
シルピンスキーのガスケット |
|
無限大 |
有限の数値? |
0 |
|
0 |
2次元 |
|
無限大 |
|
有限の数値 |
|
0 |
ロックガーデン |
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無限大 |
|
無限大 |
有限の数値? |
0 |
メンガーのスポンジ |
|
無限大 |
|
無限大 |
有限の数値? |
0 |
3次元 |
|
無限大 |
|
無限大 |
|
有限の数値 |
要するに、1次元である「線」、2次元である「面」、3次元である「立体」を基準に考えると、線をスカスカにしたカントール集合の次元は0と1の間、線を複雑にしたコッホ曲線と、面をスカスカにしたシルピンスキーのガスケットの次元は1と2の間、そして面を複雑にしたロックガーデンと立体をスカスカにしたメンガーのスポンジの次元は2と3の間、ということなのです。それでは、この整数でない次元を具体的に求めることはできるでしょうか。これは、一応は可能です。「一応」と言ったのは、実は次元の決め方にはいろいろなものがあって、それぞれ微妙に値が違って来る、というのが本当のところだからです。ただし、これまでに挙げて来たような「キッチリした」フラクタル図形の場合には、どのやり方でも同じ値になりますので、ここではとりあえず一つの方法だけを紹介しておきましょう(後で「キッチリしていない」フラクタル図形の場合も出て来ます)。その方法は、大きい図形の中に、元と同じ形の小さい図形(ミニチュア)がいくつ含まれているかを調べるものです。
まず、普通の1次元、2次元、3次元の場合にどのようになるかを見ておきます(図7)。1次元の場合、長さが1/2の線は2個含まれます。1/3の線は3個、1/5の線は5個、1/10の線は10個含まれており、小さい図形の「長さ」とその「個数」はきれいに反比例しています。2次元では、例えば正方形を考えると、この中に一辺の長さが1/2の小さい正方形が4個含まれています。一辺が1/3なら9個、1/10なら100個です。もうわかりますね。2次元では「長さの2乗」と「個数」とが反比例するのです。同様に3次元の場合には、長さが1/2なら8個、1/3なら27個、というように、「長さの3乗」と「個数」とが反比例になることはすぐにわかるでしょう。
図7 小さい図形は何個含まれているか(普通の図形の場合)
それではフラクタル図形はどうでしょうか。まずはカントール集合ですが、これは図8(a)のように、元の図形の中に長さ1/3のミニチュアが2個含まれています。そしてこの関係は、元の1/3のミニチュアの中でも、そのまた1/3のミニチュアの中でも変わりません。3分割して真ん中を消す、という操作の繰り返しで作られるわけですから当然ですね。また、図8(b)のコッホ曲線では、1/3の大きさのミニチュアが4個含まれる、という関係が延々と続きますし、図8(c)のシルピンスキーのガスケットでは、1/2の大きさのミニチュアが3個含まれる、という関係が繰り返されます。どれを取ってみても、図6の普通の図形のように、「長さ」と「個数」が反比例するとか、「長さの2乗」と「個数」とが反比例する、といった単純な関係にはなりそうにありませんね。同じように、図には示していませんが、シルピンスキーのカーペットでは1/3のミニチュアが8個、ロックガーデンでは1/3のミニチュアが13個、そしてメンガーのスポンジでは1/3のミニチュアが20個含まれる、という関係が繰り返されています。
図8 小さい図形は何個含まれているか(フラクタル図形の場合)
このような数字の羅列だけではわかりにくいので、ミニチュアの「大きさ」と「個数」との関係をグラフにしてみましょう。それが図9です。
図9 ミニチュアの「大きさ」と「個数」の関係
図9(a)は「大きさ」と「個数」の関係をそのままプロットしたものです。実際にはデータは飛び飛びにしかない(例えばコッホ曲線では、1、1/3、1/9、・・・・という大きさしかとれない)のですが、それでは見にくいので、間をつないで滑らかな曲線で示しています。ここには普通の1次元、2次元、3次元の場合のグラフも載せていますが、先ほどの説明どおり、カントール集合は1次元のカーブの下側に、コッホ曲線とシルピンスキーのガスケット、カーペットは1次元のカーブと2次元のカーブの間に、そしてロックガーデンとメンガーのスポンジは2次元のカーブと3次元のカーブの間に来ていることがわかります。
このグラフの縦軸、横軸を対数目盛に(値が10倍になるごとに等間隔に目盛が増えて行くように)したのが図9(b)です。図9(a)のそれぞれのカーブが見事に直線になりました。このように、対数目盛にすると「大きさ」と「個数」が直線関係になる、というのがフラクタルの決定的な特徴です。そして、詳しい説明は省略しますが、この直線の傾き(細かいことを言えば、傾きはマイナスなので、その符号を逆にしたもの)が、そのフラクタル図形の次元を表しているのです。数値だけを示しておくと、カントール集合の次元は0.63、コッホ曲線は1.26、シルピンスキーのガスケットは1.58、カーペットは1.89、ロックガーデンは2.33、そしてメンガーのスポンジは2.73となります(厳密には小数点以下に数字がずっと並びます)。複雑さが増すほど、またスカスカ度が減るほど次元は大きくなって行く、ということが感覚的にわかると思います。
キッチリしていないフラクタル図形
これまでに見て来たフラクタル図形は、一部分が全体と同じ形をしているというだけではなく、どの部分を取り出しても同じ形をしていました。だからこそ、「ミニチュアが何個集まって全体ができている」、という話ができたわけです。しかし「全ての部分が同じ形」というのは、必ずしもフラクタルに必要な条件ではありません。例えば、図10(a)は「フラクタルの木」と呼ばれる図形の一種で、下から2本の枝が伸び、ある長さのところで再び2本に枝分かれする、という操作を繰り返して作られるものです(ここに示した図では、枝分かれの角度は一定、また枝の長さは、枝分かれする度に一定の割合で短くなる、という条件で描いています)。この図形の一部分、例えば青色で示した部分を取り出してみると、これは全体と同じ形をしていますから、フラクタルの要件をちゃんと満たしています。しかしコッホ曲線などとは違って、ミニチュアを何個か組み合わせても全体の形を作ることはできません。根本の部分と梢の部分とでは明らかに形が違うのです。
図10 これもフラクタル
図10(a)はコッホ曲線などとは違うとはいえ、厳格なルールに従って描かれていますから、その意味では十分に「キッチリした」フラクタル図形です。これに対して、本当にランダムな(ある意味、行き当たりばったりの)要素を持ったフラクタル図形もあります。その例が図10(b)で、これは平面内に多数の点をばらまいたものです。もちろん点のばらまき方には一定の規則を設けているのですが、ランダムな要素も取り入れています。そのため、場所によって形が大きく違っていることはなく、どこを取っても似たような顔をしていますが、よく見ると完全に同じ形というわけではありません。全体と部分とを見比べても、よく似てはいますが、厳密に100%同じ形にはなっていないことがわかります。それでも、海岸線の地図と同様、「縮尺を変えても区別がつかない」という特徴は持っており、ちょっとルーズではありますが、フラクタル的な性質は備えているのです。なお、このような点の集まりでできたフラクタル図形の場合、それぞれの「点」は本当に面積のない「点」であって、どんなに拡大しても「点」のままである必要があります。そうでないと、一部分を拡大した時に円盤状に広がってしまい、元の図形と全く違った姿になってしまうからです。実際に図示する場合は「面積のない点」というわけには行きませんが、一応そのつもりで見てください。
ところで、フラクタルと言うからには、フラクタル次元を決めることができるはずですね。しかし図10に示したようなフラクタル図形では、同じ形がキッチリ繰り返されているわけではありませんから、「ミニチュアが何個含まれているか」という考え方は使えそうにありません。そこで、このような「キッチリしていない」なフラクタル図形にも適用できる次元の決め方がいろいろと提案されています。
その中で最も有名なものの一つが「ハウスドルフ次元(Hausdorff dimension)」です。これは表IIのところでもちょっと説明しましたが、「長さ」や「面積」や「体積」のような何らかの量(これらをまとめて「測度」と呼びます)を調べた時に、その値が0でもなく、無限大でもなく、ある有限の値になるポイントを探す、という方法です。「長さ」と「面積」の間にいったいどんな測度があるのか、とツッコミたくなるところですが、頭の中でそういうものを考える、というふうに理解しておいてください。
それではコッホ曲線に対して、直線や正方形と比較しながらハウスドルフ次元を求める手順を見てみましょう。厳密な説明をすると、いろいろと数式が出て来てめんどうなので、ここでは大雑把な説明だけにしておきます。まず、図11のように対象となる図形を適当に円で覆います(平面的な図形ですので円で覆いましたが、立体的な図形ならば球で覆えばよいのです)。大きな円ならば一つだけで全体を覆ってしまいますが、円が小さくなると、当然、必要な数は増えて来ます。この時、円と円とがムダに重ならないように注意すれば、円の直径を全部足し合わせたものがその図形の大雑把な「長さ」を、円の面積を全部足し合わせたものがその図形の大雑把な「面積」を表す、と考えてもよいでしょう。そして円が小さくなればなるほど重なり合っている部分や周囲にはみ出している部分が減って、実際の「長さ」や「面積」との誤差は小さくなりますから、円を無限に小さくすれば、元の図形の正確な「長さ」や「面積」にピッタリ一致するはずです。つまり、ややこしい形をした図形の「長さ」や「面積」などの測度を、円の測度で置き換えることができるのです。この考え方をさらに膨らませると、「長さ」や、長さの2乗である「面積」や、長さの3乗である「体積」の他に、例えば「長さの1.5乗の測度」や「長さの2.3乗の測度」も考えることができますから、後は、これらの測度のどこに、0でもなく無限大でもない、有限の値になるポイントが来るかを調べればよいのです。そのポイントが「長さ」の2乗(つまり面積)のところに来ればハウスドルフ次元は2ですし、1.5乗のところに来ればハウスドルフ次元は1.5ということになるのです。
図11 図形を円で覆って行くと・・・・・
図11(a)の直線の場合、円の大きさにかかわらず、直径を足し合わせた値が常に元の線の長さと同じになることは一目瞭然ですね。これに対して円の面積の方は、小さい円を使うほど小さくなってしまいます。例えば円の直径が半分になると個数は2倍になりますが、それぞれの円の面積は1/4になっていますから、全体の面積は半分になってしまうのです。ついでに言うと、体積(円を球であると考え直して、その体積を全部足し合わせたもの)は円の直径が半分になると1/8になりますから、減り方は面積よりも急です。その様子を図12(a)に示しました。
図12 円を小さくした時の測度の変化
図12(a)からわかるように、円を無限に小さくした時、「長さ」は有限の値(もちろん元の線の長さ)になるのに対して、「面積」と「体積」は0になる、ということで、直線のハウスドルフ次元は1、ということになります。一方、図11(c)の正方形の場合には、円の直径が半分になると個数は4倍になります。その結果、「長さ」は2倍になってしまうのに対して、「面積」は(面積1/4の円が4個ですから)変化しません。一方「体積」は、体積1/8の球が4個になりますから、元よりも小さくなります。この操作をどんどん繰り返して行くと、図12(c)のように、「長さ」は無限に大きくなり、面積はずっと一定、そして「体積」は0ということがわかりますので、正方形のハウスドルフ次元は2となります。このように、単純な線や面の場合には、いわゆる普通の「次元」と「ハウスドルフ次元」は一致します。
それでは図11(b)のコッホ曲線はどうでしょうか。コッホ曲線では、(円の大きさがバラバラなのでピッタリとは行きませんが)円の直径が1/3になると個数が4倍になる、という関係があるので、「長さ」はどんどん大きくなり、「面積」は(もちろん「体積」も)0に近付いて行きます(図12(b))。というわけで、コッホ曲線のハウスドルフ次元は1と2の間に来ることになります。それでは、円の直径が変わっても常に一定になるような測度は何か、ということで探してみると、円の直径が1/3になった時に円1個につき1/4になるような測度を考えれば、1/4が4個でちょうどよいことがわかります。あとはちょっとした数学で、これが「長さの1.26乗という測度」であることがわかりますので、コッホ曲線のハウスドルフ次元は1.26、となるのです。
ハウスドルフ次元はこのようにして求められるのですが、コッホ曲線のようにルールがはっきりしている場合はともかく、実際に円を無限に小さくした状態を調べるのは簡単ではありません。そこで、円の大きさを全部同じにして、ある大きさの円で覆った場合には何個の円が必要か、ということを調べる方法もあります。円の大きさを何種類か変えて、それぞれの場合に必要な個数を数えるのです。そして円の大きさと個数の関係を対数グラフにすると図9(b)のような形になりますから、このグラフの傾きから次元を求めることができます。これならば実際に調べなくても、いくつかデータがあれば、無限に小さい円を使った時の結果が推定できるのです。(このようにして求めた次元を「容量次元」と言って、ハウスドルフ次元の特殊な場合として区別することが多いようです)
ここまでの説明で、ハウスドルフ次元(あるいは容量次元)の求め方が、先に出て来た次元の求め方(ミニチュアが何個含まれているかを調べる方法)とほとんど同じに思えたかもしれません。しかし円で覆って行く方法ならば、必ずしも図形全体が自身のミニチュアの組み合わせでできている必要はない、という点に注意してください。コッホ曲線のような「キッチリした」フラクタル図形だけでなく、図10に示したような「キッチリしていない」フラクタル図形に対しても問題なく適用できるのです。
ハウスドルフ次元以外にも、フラクタル次元を求める方法はいろいろあります。その一例を図10(b)の図形について示したのが図13で、全体を碁盤目のように区切って、その中に対象の図形の一部を含む区画(図で黄色に着色した区画)が何個あるかを数える、という方法です。(a)→(e)のように区画をどんどん小さくして行くと、粗いモザイクがだんだん細かくなって、図形本来の姿に近付いて行くことがわかりますね。このようにして区画の大きさと個数の関係を調べ、最後はやはり図9(b)と同じような対数グラフにしてフラクタル次元を求めるのです。ハウスドルフ次元では円で覆っていましたが、その代わりに四角で覆う方法と言うことができ、この例のような平面全体に広がった図形を扱うのに便利な方法です。
図13 碁盤目に区切ってフラクタル次元を求める
図13の場合、右下のグラフの傾きは-1.46になりますので、この図形は1.46次元であることがわかります。コッホ曲線(1.26次元)よりは複雑で、シルピンスキーのガスケット(1.58次元)よりはスカスカ、という結果ですが、これは見た目の印象とだいたい合っていると言えるでしょう。
そこらじゅうにあるフラクタル
完全無欠のフラクタルとなると、これはもう頭の中で描くしかないのですが、制限をちょっと緩めてやると、身の回りにもフラクタルの特徴を持った物はたくさんあります。例えば、図10(a)に挙げた「フラクタルの木」。このままでも「木」に見えないことはありませんが、あまりにも形が整い過ぎで、何となく無機質な印象は拭えません。ところが、ちょっと細工をしてやると、ガラッと感じが変わります。
図14 無機質な「フラクタルの木」も、ちょっと制限を緩めると・・・・・
図14(a)は前に出て来た「フラクタルの木」そのものです。これに対して、「枝の長さが一定の割合で短くなる」という制限を緩めて、ある範囲内で枝の長さをランダムにしてやると、図14(b)のような形ができて来ます。これならば、どこかそのへんに実際に生えていそうですね。葉っぱを付けて、実でもぶら下げたくなるところです。この図形は、「一部分が全体と全く同じ形」ではありませんが、「だいたい」似たような雰囲気は持っていますから、広い意味でフラクタルの仲間に入れてもよいでしょう。このように考えると、樹木の「枝ぶり」の多くはフラクタル的な特徴を持っていると言えそうです。
樹木の話が出て来たついでに、今度は「葉っぱ」の方に目を向けて見ましょう。葉っぱの中にもフラクタル的な特徴を持ったものがあります。例えばある種の葉脈がそうですね。さらに普通の葉脈ではなくて、もっと手の込んだ(?)フラクタルも見られます。
図15 羽状複葉も回数が増えればフラクタル
普通の「葉」と言えば、図15(a)のようなものを思い浮かべるでしょう。ところが植物の中には、図15(b)のような「鳥の羽」状の葉も持つものがあります。これが「羽状複葉(うじょうふくよう)」です。これは多数の葉が集まったものではありません。これ全体で1枚の葉であり、枝のように見える部分は実は葉脈なのです。枝と葉脈はどこが違うのかと言うと、枝ならば葉の付け根や先端部分に必ず「芽」がありますが、羽状複葉の葉脈にはそれがありません。芽は複葉全体の付け根、この図で言えば一番下の部分に付くのです。また、落葉する時には枝を残して葉だけが落ちるわけですが、羽状複葉の場合には、これ全体が落ちてしまいます。この図15(b)のような葉を持つものとしては、ヤマウルシやハゼノキなどのウルシの仲間や、野球のバットの材料として有名なアオダモ、トネリコの仲間、クルミやニセアカシアなどが有名です。
この羽状複葉の中の小さな葉っぱ状のもの(「小葉」と言います)が、図15(c)のようにさらに鳥の羽状に分かれたものがあります。「2回羽状複葉」と呼ばれる形で、山菜として有名なタラノメが採れるタラノキがこの形の葉を持っています。ちょっとフラクタルっぽくなって来ましたね。さらに2回羽状複葉の小葉が分裂して3回羽状複葉(図15(d))になると、もうフラクタル的な形と言ってもよいでしょう。この形の葉を持つ代表的な植物としては、よく庭に植えられるナンテンやセンダン(「栴檀は双葉より芳し」の諺で知られるセンダンは白檀(ビャクダン)のことで、このセンダンとは違います)があります(センダンは2回羽状複葉の場合もあります)。さらにシダの仲間には4回、5回の羽状複葉もあるそうで、同じ形が無限に続く、とは行きませんが、フラクタルの性質を十分に備えていると言えます。
実際の羽状複葉の例として、ナンテンの葉の模式図も図15(e)に載せておきました。全ての部分が同じ形になっているわけではありませんが、フラクタルの雰囲気は持っていると思いませんか?
樹木や羽状複葉と同じように細かく枝に分かれて行く形状のものとして、川の形やカミナリ(稲妻)の形がよく引き合いに出されます。これらも、キッチリとはしていませんがフラクタル的です。雲の形もそうですね。特にムクムクと盛り上がる入道雲は、大きな塊に小さな塊が乗り、それにさらに小さな塊が乗り・・・・という形で、ちょっとコッホ曲線にも似た典型的なフラクタル図形です。このような同じパターンの繰り返し、というのはコンピューターが最も得意とする領域でもあり、ここに、先の「フラクタルの木」の例のようにちょっとしたランダム性を盛り込んでやれば、簡単に本物らしい木や雲や稲妻を描くことができます。また、コンピューターではなく手で描く場合にも、「フラクタル」ということを意識すると、それらしい形に描きやすいですから試してみてください。
地面の凸凹も、細かいことを言わなければフラクタルと言える要素を持っています。大きな山や谷に始まり、庭先の窪みに至るまで、確かにそれらしい特徴はありそうですね。また、もっとミクロの凸凹に目を向ければ、例えば活性炭やシリカゲルのような吸着剤の表面はフラクタル的になっていることが知られています。これらの吸着剤では表面積をできるだけ大きくすることが重要で、そのために穴ぼこだらけの構造になっています。それも単純な穴ではなくて、大きな穴の壁面に小さな穴を作り、そのまた壁面にさらに小さな穴を作る、という形にするのが表面積を大きくする上では理想的ですから、大面積を求めた結果がフラクタル形状に落ち着くのは自然なことなのです。もっとも、初めからフラクタルを意識して作られたわけではなく、試行錯誤で開発された(あるいは元々自然界に存在していた)表面積の大きな吸着剤をよくよく調べてみたら、穴の構造がフラクタルだった、というのが本当のところです。ところで、こんな小さな構造がフラクタルになっていることを、いったいどうやって調べたのでしょうか。それにはうまい方法があります。分子の大きさが違うガスを何種類か用意し、それらの
吸着量を調べるのです。フラクタル次元を求める時に、いろいろな大きさの円(球)で覆ってその数を数える、という方法がありましたが、正にこれをミクロの世界で実践するようなものです。その様子を図16に模式的に示しました。実際に使われるガスは各種のアルコールや窒素ですから球形ではありませんが、ここでは簡単に球体で表しています。
図16 ガスの吸着を利用して、ミクロのフラクタル構造を調べる
分子が小さくなるほど細かい穴にまで入って行くことができるようになりますから、単純な平面の場合と比べて、ガスの吸着量は格段に増えて行きます。ここで例によって分子の直径と吸着した個数との関係を対数グラフにすると、図9や図13のような直線関係が得られ、その傾きからフラクタル次元を求めることができるのです。実際にこのような測定をした例はたくさんあり、吸着能力の高いシリカゲルや活性炭では3に近いフラクタル次元が得られています。フラクタル次元が3に近いということは、ほとんど全ての空間が吸着に利用されていることを意味しており、これらの吸着剤がいかにスカスカであるかがわかります。
吸着剤と同じように、表面積を増やすためにフラクタルになっているものとして、動物の肺があります。口や鼻からつながる気管は、肺に入るとどんどん細かく枝分かれして行き、最後は血管に囲まれた肺胞という小さな部屋に行き着くのですが、このような構造を採ることで、空気と血管との接触面積を増やして、ガス交換の効率を上げているのです(特に哺乳類はこの構造が際立っており、爬虫類や両生類になるともっと単純な形、つまりフラクタル次元が低い形になっているそうです)。同じように、体の隅々まで血液を運ぶ血管の方も、その枝分かれの様子はフラクタルになっています。
これらの例の一部を、図17にいくつか挙げておきました。この中にマンデルブロ集合というのがありますが、これはある数式上で特定の条件を満たす数の集合を図示した有名な図形です。この項では詳しい説明はしませんが、フラクタル関係の本などには必ずと言ってよいほど登場するので、一応、概観だけ載せておきました。
図17 いろいろなフラクタル
図17も含めて、これまでに挙げて来た例の大半は「形」がフラクタルになっているのですが、実はフラクタルになるのは「形」だけではありません。「量」の分布、例えば「大きさ」などの分布がフラクタルになっているものが知られています。よく引き合いに出されるのが、月のクレーターの大きさの分布です。クレーターの直径と個数との関係を調べると、ちゃんと対数グラフが直線になるのです(もちろん、小さいものの方が多い)。月の地形にもフラクタル的な要素は多いのですが、個数の分布そのものもフラクタルになっているわけです。
もっと極端な、「形」とは何の関係もないフラクタルとして有名なのが、地震の大きさの分布です。地震のエネルギーの大きさはマグニチュードという数値で表されるのですが、このマグニチュードの値と、それよりも大きな地震が発生した回数との関係を調べると、これがフラクタルになっているのです(この場合、マグニチュード自体が既にエネルギーの対数なので、地震の発生数の方だけを対数にしてグラフを描くと直線になります)。正に世の中フラクタルだらけ、という感じですね。
フラクタルのようでフラクタルでないもの
世の中フラクタルだらけ、と書きましたが、それではゴチャゴチャと複雑な形(あるいは分布)は何でもかんでもフラクタルかと言うと、実はそうではありません。最後に「フラクタルのようでフラクタルでない」ものもある、ということに触れておきましょう。まずは、図18を見てください。
図18 これはフラクタルか?
(a)も(b)も点をばらまいた形で、(b)の方が数がちょっと少ないということを除けば、パッと見はよく似ています。そこで、これらがフラクタルになっているかどうかを調べてみましょう。図13でやったように、全体を碁盤目に区切って、点が含まれている区画の数を数えるのです。図18(a)の方は、実は図13と同じものですので、「区画の大きさ」と「点を含む区画の数」との関係を対数グラフにすると直線になります。それでは図18(b)はどうかというと、これは直線にはならず、図に示したような上に凸の曲線になってしまいます。つまり(b)の方はフラクタルではないのです。
対数のグラフが直線になればフラクタルで、直線にならなければフラクタルではない、と言われても、どうもピンと来ませんね。「対数グラフが直線になる」ものと「ならない」ものとの違いとは、いったい何なのでしょうか。それをはっきりさせるために、対数グラフではない、元のグラフをよく見てみましょう(図19)。これもパッと見たところでは、カーブのきつさがちょっと違うだけのように見えます。ところが図に示しているように一部分を切り出して形をよく調べてみると、両者には決定的な違いが出て来ます。
図19 区画の大きさと個数の関係をよく見てみると・・・・
フラクタルである(a)の方は、左の方の区画の小さい部分、例えば図19(a)の赤や緑で示した部分を切り出して、まず横に引き伸ばし、次いで縦に押し縮めると、元のグラフの区画の大きい部分とピッタリ重なります。つまりどこを取ってもグラフの基本的な形が同じなわけで、これが「対数目盛にすると直線になる」グラフの特徴でもあるのです。これに対してフラクタルでない(b)の方は、同じように切り出してどんなに調整しても、元とピッタリ重ねることはできません。右端の拡大図でわかるように、部分部分でグラフの形が違っているのです。(元のグラフを示す青線に対して、赤線はカーブが緩く、緑線はさらにカーブが緩くなっていることがわかります。)
このことを、図18の元の図形に戻って考えてみます。まず図18(a)ですが、この図形の場合は、どこを取ってもグラフの形が同じでした。このことは、図形の一部分を取り出して拡大しても、点の散らばり方が元の図形と変わらない、ということを示しています。もちろん、どんなに拡大率を上げても、この関係は変わりません。これはフラクタルの特徴そのものですね。一方、図18(b)の方は、グラフの左の方(区画の小さい方)を取り出すと、図19(b)のように元のグラフよりもカーブが緩くなっていました。これは、元の図形の小さい部分を取り出して拡大した時に、元の図形よりも点がまばらになることを示しています。拡大率を上げるほど「まばら」感が増し、寂しくなって行くのです。このことから、図18(b)のような「対数グラフが直線にならない」図形は、「部分が全体と同じようになっている」というフラクタルの特徴を持っていない、ということがわかります。複雑な形だからと言って、何でもフラクタルとして扱えるわけではないのです。
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