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● 静電場の話 ●
電場とは
電場(または電界)とは、電荷の影響によって、ある電気的な性質を持つようになった空間のことです・・・。わかります? よくわかりませんね。私自身、電場に限らず「場」というものの正体は未だによくわかりません。電場、磁場、重力場・・・。どうやら、空間のどこでも適当な場所を指定すれば、その場所の或る量(電気的なエネルギーとか重力エネルギーとか)が決まるような空間のことのようです。
こういう哲学的な議論はさておいて、今は「電場」が話の対象ですから、「電場とは、電荷を置いた時にその電荷が何らかの力を受けるような空間」、ということにしておきましょう。電場の詳しい説明は電磁気学の教科書にいくらでも載っていますから、ここでは電束密度だとかマックスウェルの式やらポアソンの式やらの話はやめにして、吸着現象に深くかかわる、時間的に変化しない止まった電場(静電場)の中で色々な分子が受ける力やエネルギーについて考えてみることにします。
静電場で影響を受ける物
電場そのものは「場」ですから、それ自身がエネルギーを持っているわけではありません。そこに電荷などを置くことで、初めて「場」が正体を現す、つまり、力やエネルギーが測定できるようになります。それではどのような物が電場の中で影響を受けるのでしょうか?
プラスやマイナスの電気を帯びたものは当然、電場の中でエネルギーを持ちます。また、全体では中性であっても電気的に偏りがあって、一方の端にプラス、反対側にマイナスが現れるような場合(双極子と呼びます)も、やはり電場で影響を受けます。さらに、元々は電荷も持たず双極子でもないような物でも、プラスの部分とマイナスの部分を内部に持っていれば、電場によって無理やりに双極子にされてしまいます(例えば、プラスの電荷のそばに来ると、マイナスの部分が引き寄せられ、プラスの部分が反対側に押しやられて双極子になります)。ということは・・・、世の中の物質はすべてプラスの電荷を持った原子核とマイナスの電荷を持った電子とからできているのですから、どんなものでも電場中で何らかの影響を受ける、ということになります。それでは、いろいろなタイプの物質が電場中でどのような影響を受けるかを見て行きましょう。
静電場中の電荷
話を簡単にするために、1個のプラス電荷が空中にポツンとある場合の静電場を考えます。この1個のプラス電荷が作る静電場のエネルギーは図1のようになります。これは、ある場所に単位電荷を置いた時に、その電荷が持つエネルギーを山の高さで示したもので、ポテンシャルと呼ばれます。「ポテンシャル(potential)」とは「可能性」とか「潜在能力」という意味ですが、まさに、「そこに置かれた電荷にエネルギーを与える能力」ということになるでしょう。当然ですが、電荷が持つエネルギーは、その電荷がプラスの場合とマイナスの場合では大きさが同じで符号が逆になります。図に示しているのはプラス電荷のポテンシャルです。
図1 単独のプラス電荷が作る静電場
ポテンシャルは中心付近で非常に大きく、遠く離れるほど緩やかに減少します。つまり、中心近くに置かれたプラス電荷のエネルギーは大きく、中心から遠くに置かれたプラス電荷のエネルギーは小さいのです。それでは、これらの電荷が受ける力はどうでしょうか。この力は電荷のエネルギーを小さくしようとすることで発生するものですから、エネルギーの小さくなる程度が激しいほど、つまりポテンシャルが急激に小さくなるほど、力は大きくなるはずです。ということで、電荷が受ける力の大きさはポテンシャルの山の斜面の傾きで表されることになります。図1からわかるように、中心付近では斜面が急ですから力は大きく、周辺では斜面が緩やかなので力は小さい、ということになるわけです。図1の断面図には、この斜面の傾き=力の大きさも描いてあります。単純に傾きをとるとマイナスの値になるのですが、ここでは力が大きいか小さいかをわかりやすくするために、プラスの値で描いています(斜面に置かれたプラスの電荷が右向きの力を受ける場合をプラスに取っている、と言うこともできます)。エネルギーと力。これらは別物ですが、図の形はそっくりですね。でも、いつも似たような形になるとは限りません。例えば、図2のような場合もあるのです。
図2 静電場のエネルギーと力の例
図2のA点ではエネルギーも力も大きいですが、B点ではエネルギーはかなり大きいのに力はゼロです。またC点では力の符号がマイナスですから、方向が反対(ここでは左向き)になっています。図1のようにエネルギーと力とが同じような傾向になるのは、むしろ特殊なケースと考えた方がよいでしょう。
静電場中で単位電荷が受ける力の大きさのことを静電場の強さ(あるいは静電場の大きさ)、と言います。図2のように、電気的なエネルギーは大きいのに静電場は弱い、逆に電気的なエネルギーはそれほどでもないのに静電場は強い、ということはよくあります。それでは、図2のような、あるいはもっと複雑な形をした静電場に電荷を放り込んだらどうなるのでしょうか。答えはこうです。ある瞬間、ある場所では、放り込まれた電荷は静電場の強さに従って力を受けて、その方向に動かされます。例えば図2のC点に置かれたプラス電荷は左に動き、D点で力を受けなくなって止まります。しかし、エネルギー的にはまだかなり高いところにいます。ここで何かの原因でB点よりも右にちょっとでも出てしまったら、一気にE点まで落ちてしまいます。つまり、常に右に左にと激しく動かされているような状態(自然現象としては温度が高い場合など)では、最終的にはエネルギーが低いところに落ち着くのです。
静電場中の双極子
双極子の場合はプラスとマイナスの電荷がセットになっていますから、少し事情が違ってきます。電荷の場合は、ポテンシャルがそのまま電荷のエネルギーになりました。しかし双極子ではプラスとマイナスの両方を持っていますから、互いに打ち消し合ってしまいます。もしプラス部分のエネルギーとマイナス部分のエネルギーが全く同じ大きさ(もちろん符合は逆)だったら、双極子のエネルギーはゼロになってしまうのです。ところが、プラス部分のエネルギーとマイナス部分のエネルギーが少しでも違っていたら、その差が双極子のエネルギーとして残ります。電荷のエネルギーはポテンシャルの山の高さでしたから、2つの点のエネルギーの違いというのは、2点間の山の高さの差=ポテンシャル斜面の傾きに他なりません。つまり、電荷の場合にはポテンシャル斜面の傾きは力の指標でしたが、双極子の場合にはエネルギーの指標となるのです。
図3で具体的に見てみましょう。例えばB点ではプラス部分とマイナス部分とで電荷の持つエネルギーの大きさが同じで符号が逆ですから、トータルのエネルギーはゼロです(下の赤で示したポテンシャルの傾き=双極子のエネルギーを見てもらえば、値がゼロになっていることがわかると思います)。しかしA点では電荷エネルギーの斜面が右下がりに傾いていますから、プラス部分のエネルギーがマイナス部分のエネルギーよりも大きく、その差の分だけ双極子はエネルギーを持つことになります(下の図で正の値を持っています)。
図3 双極子のエネルギー
では、双極子が受ける力はどうでしょうか。詳しい説明は省略しますが、今度は斜面の傾きのそのまた傾きによって力の大きさが決まります。
静電場中の四重極子
話はさらに進んで、双極子が2つくっ付いたような四重極子について見てみます。そんなものが普通にあるのか、というと、実は普通にあるのです。大部分の2原子分子がそうです。窒素の場合を例に取ると、2個の窒素原子が電子を共有してつながっているわけですから、2個の原子の間に電子がたくさんあり、全体として真中にマイナス、両端にプラスを持った(+−−+)という形の四重極子になっています。
四重極子は、逆方向を向いた2つの双極子がセットになったものと考えることができます。ということは、一方の双極子がプラスのエネルギーを持つような電場では、もう一方の双極子はマイナスのエネルギーを持つことになりますから、それらが互いに打ち消し合ってしまいます。あれっ、どこかで聞いたような・・・。そうです。電荷と双極子との関係と同じです。こうなると話は簡単で、2つの双極子のエネルギーが違っていればトータルのエネルギーが残りますから、結局、ポテンシャル斜面の「傾きの傾き」が四重極子のエネルギーを決める、ということになります。
図4にその様子を示しました。C点では2個の双極子のエネルギーの大きさが同じ(符号は逆)ですから、四重極子としてのエネルギーはゼロですが、A点やB点ではエネルギーを持ちます。特にB点は、単独の双極子はエネルギーを持たない場所ですが、四重極子はエネルギーを持ちます。図4の中央のグラフで、B点の左側に位置する(+−)型の双極子はマイナスエネルギー領域にあります。一方B点の右側に位置する(−+)型の双極子はプラスのエネルギー領域にあるように見えますが、双極子の符号が逆なので結局これもマイナスのエネルギーとなり、両方合わせて、一番下のグラフのようにマイナスエネルギーを持つのです。(マイナスのエネルギーとはいったい何か?、と思われるかもしれませんが、これは単に符号の取り方の問題です。真ん中にあるプラス電荷から無限に遠い地点のエネルギーをゼロに取ることになっているので、そこよりもエネルギーが高いか低いか、ということです。)
図4 四重極子のエネルギー
プラス電荷が作る静電場中の電荷、双極子、四重極子のエネルギー
図1のような1個のプラス電荷が作る電場中で、電荷、双極子、四重極子のエネルギーがどのようになるかを調べてみましょう。これは、
卒業論文にあるような
ゼオライト細孔中のプラスイオンに分子が吸着する場合の簡単なモデルになります。自然現象としてはエネルギーが低い方へ向かいますから、エネルギーがプラスに大きくなるほど不安定で、エネルギーがマイナスになるほど安定ということになります。今回はエネルギーの大きさだけでなく、安定、不安定がわかりやすいように、プラス電荷とマイナス電荷、逆配置の双極子や四重極子それぞれのエネルギーも併せて示すことにします。
まず、図5のようにY軸に沿った断面で考えてみます。この中でプラス電荷が持つエネルギーは図5aの実線が示すようにポテンシャルの形そのままで、一方マイナス電荷が持つエネルギーはそれを上下ひっくり返した点線の形になります。このようなポテンシャルの場に置かれたプラスの電荷は斜面を転げ落ちて中心から離れて行きますし、逆にマイナスの電荷は中心に落ち込んで行きます。
次に双極子の場合です。図5bのように双極子のエネルギーはポテンシャル斜面の傾きで表されますから、(−+)型双極子では図5bの実線、(+−)型双極子では点線のような形になります。この図からわかるように、(+−)型双極子は常にエネルギーが大きく不安定で、(−+)型双極子は常にマイナスのエネルギーで安定です。それでは中心にプラスを向けた(+−)型双極子は、そのまま遠くに離れて行くかと言えばそうではありません。双極子はそれほど苦労することなく回転できるので、(+−)型双極子はくるりと向きを変えて、マイナス側を中心に向けます。そしてマイナス電荷と同じように、より安定な方向へ、中心に向かって接近して行くことになるのです。
図5 プラス電荷が作る静電場中の電荷、双極子、四重極子(Y軸上)
図5cはポテンシャルの「傾きの傾き」、つまり四重極子のエネルギーで、実線が(+−−+)型、点線が(−++−)型の場合を表しています。この図を見ればわかるように、(+−−+)型なら不安定、(−++−)型なら安定です。四重極子の型は物質によって決まっており、双極子のようにくるりと向きを変える、というわけには行きませんから、この結果だけを見れば、(−++−)型の四重極子は中心のプラス電荷に引き寄せられるのに対して、(+−−+)型の四重極子はプラス電荷の場合と同じように遠くに弾き飛ばされることになりそうです。しかし実際はそう単純ではありません。四重極子の安定性を見るには、次のようにX軸に沿った断面についても考える必要があるのです。
図6がそのX軸に沿った断面でのエネルギーです。中心のプラス電荷を通るようにX軸を設定すると図5のY軸と全く同じになってしまいますから、中心電荷から少し離れたところを通る位置に軸を置いています。
図6 プラス電荷が作る静電場中の電荷、双極子、四重極子(X軸上)
電荷のエネルギーは、図6aのようにプラス電荷では中央が高く、両裾が低くなっています。マイナス電荷はその逆で、中央が最も安定です。ですから、先ほどのY軸断面と併せて考えると、プラス電荷はどこまでも遠くへ弾き飛ばされ、マイナス電荷は真っ直ぐに中心に向かって行く、ということがわかります。これは直感的に考えても当たり前のことですね。では双極子のエネルギーはどうかというと、ポテンシャル斜面の傾きは図6bのようになりますから、もしも双極子がX軸に平行に横向きになるのなら、エネルギーが実線のようになる(−+)型双極子は右側へ、逆にエネルギーが点線のようになる(+−)型双極子は左側へ行くはずです。つまり中心からすこし外れた位置で斜めに構えるのです。しかし実際には先ほどのY軸方向のエネルギーの方が影響が大きいので、双極子はこのような横向きになるのではなく、図5bのように縦に向くと考える方が自然、ということになります。
これに対して四重極子は様子がかなり変わります。ポテンシャルの「傾きの傾き」を表す図6cを見ると、(+−−+)型四重極子のエネルギーを示す実線が中心付近で大きくマイナスになるのに対して、(−++−)型四重極子のエネルギーを示す点線の方は、中心から少しズレたところで、少しだけマイナスになることがわかります。つまり(+−−+)型四重極子はプラス電荷の正面に横向きに張り付くことで安定になり、(−++−)型四重極子は中心からズレた位置に来た方が安定である、ということです。この結果を、先のY軸上の場合と併せて考えてみましょう。まず(+−−+)型四重極子ですが、これはY軸に沿った配置では不安定でしたがX軸に沿った配置では安定でした。と言うことは、(+−−+)型四重極子は中心のプラス電荷に対して横向きに張り付く状態が最も居心地がよい、ということを示しています。一方(−++−)型は図5cの縦型の配置の方が安定度が高いですから、プラス電荷に対して縦向きに、つまりY軸に平行になりやすい、と言えます。
面白いのは一つの分子の中に双極子と四重極子の両方があるような場合です。この場合、双極子は図5bのように電荷に対して縦になろうとし、四重極子は図6cのように横になろうとするケースが出て来ますから、最終的には影響力の強い方に落ち着くことになるでしょう。例えば窒素分子は単独では双極子を持っていませんが、電荷がそばにあると強制的に分極させられて双極子が作られます。また先に書いたように窒素分子は四重極子も持っています。そのため、窒素分子がプラス電荷に吸着するような場合には、双極子と四重極子がそれぞれ自分に合ったポジションを取ろうとして競争することになるわけです。
このように、双極子や四重極子の状態によって、静電場の中でどのような配置をとるかは変わって来ます。
卒業論文の中でも触れていますように、実際の吸着現象を考える上での重要なポイントなのです。
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