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● 電子顕微鏡の話 ●


光の代わりに電子線を使った顕微鏡

 天体望遠鏡の話顕微鏡の話で書いたように、光を使った望遠鏡や顕微鏡では、光の波長よりも小さい物を鮮明に見ることはできません。光を使って得られる位置の情報には、必ず波長程度の不明確さが含まれているからです。それならばもっと波長の短い紫外線やX線、ガンマ線を使えばよいわけですが、これらの進路を曲げて像を作るレンズがなかなかありません。紫外線が透過する材料は少ないですし、X線やガンマ線はいろいろな物質を簡単に透過する反面、屈折させるのは困難だからです。最近では、屈折ではなくて全反射や回折の現象を利用してX線を操作するレンズ系を構成したX線顕微鏡もありますが、あまり一般的とは言えないでしょう。そこで電子線を使った電子顕微鏡が登場します。電子線は光のようにガラスのレンズで進路を曲げることはできませんが、電場や磁場をかけることで、レンズを通る光と同じように操作することができます。つまり、光を電子線に、ガラスレンズを電磁レンズや静電レンズに置き換えることで、光学顕微鏡とそっくりな光学系を作ることができるのです。
 量子力学の本によく書いてあるように、電子は「粒子」としての性質と「波」としての性質の両方を持っています。分割できない最小のエネルギー単位を持っているという意味では「粒子」であり、回折や干渉を起こすという意味では「波」であるわけです。波の性質を持つということから、電子顕微鏡にも光学顕微鏡と同じように波長から来る拡大率の制限はあります。しかし、その波長が全く違っています。例えば、普通の可視光線の波長は0.5μm程度ですが、100kVで加速した電子線の波長はわずか0.0037nm。光の波長の10万分の1しかありません(もちろん波長以外にもいろいろな要素がありますから、単純に光学顕微鏡の10万倍の倍率まで拡大できるというわけではありませんが)。
 電子顕微鏡の難点の一つは、試料も含めて内部を真空にしなければならない、ということでしょう。電子線は空気の分子にぶつかると弾き飛ばされてしまいますから、空気中では進行方向がメチャメチャになってしまうのです。また、装置が大掛かりで高価、というのも、欠点と言えば欠点です。家庭に一台、というわけには行きませんからね。それでも大学や企業の研究開発の現場では、当たり前のように配備されている装置の一つになりました。実際に触ったことがある人も多いと思います。


電子顕微鏡の2つのタイプ ― 透過型と走査型 ー

 電子顕微鏡には、全くタイプの異なる2つの種類があります。一つは、光学顕微鏡と同じように、試料を透過して来た電子線を対物レンズや投影レンズに通して拡大像を作るもので、「透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope = TEM)」と呼ばれます。普通に「電子顕微鏡」と言えば、本来はこの透過型のものを指します。これに対してもう一つのタイプである「走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope = SEM)」は、細く絞った電子線で試料表面をなぞり、試料から弾き出される電子(2次電子)の量を順次測定して全体像を作るものです。透過型(TEM)が試料を直接「見る」のに対して、走査型(SEM)は指で試料をなぞって全体の形をイメージするような感じでしょうか。顕微鏡の話に出て来た、普通の光学顕微鏡とレーザー顕微鏡の関係によく似ています。
 TEMは一般に大型で、普通の家の天井を突き抜けてしまうくらいの高さがあります。電子線で直接に像を作るわけですから、エネルギーや方向がよく揃った質のよい電子線が必要で、レンズ系にも精度が要求されます。そのため、どうしても装置が大掛かりになるのです。また操作もやや複雑で、本当に良い像を得るにはかなりの熟練を要します。さらにやっかいなのは試料作りです。後で詳しく書きますが、電子線を透過させるためには、普通は0.1μm以下の厚さにしなければなりません。しかも試料をセットするスペースの制約から、試料の大きさは通常は1mm以下。相当な手先の器用さが要求されます。
 これと比べてSEMの方は、小さなものでは普通の学習机程度の大きさで、操作も比較的簡単です。もちろん、きれいな像を出すための技はいろいろありますが、少し練習をすれば、誰でもそれなりの拡大像を得ることはできます。試料の処理も、多少導電性を与えてやる程度で、それほど特殊な細工は必要ありません。よくテレビなどで、昆虫やら植物やらの電子顕微鏡写真、というのが登場しますが、これらはほとんどがSEMで撮影されたものです。
 このように、これら2種類は同じ電子顕微鏡と言っても全く仕組みが違いますから、走査型 の話は別の項に譲って、ここでは透過型を取り上げることにします。


透過型電子顕微鏡(TEM)の概要

 透過型電子顕微鏡(TEM)の基本構造は、光学顕微鏡とほとんど同じです。図1にこの両者を比較して示しました。上下の関係を合わせるために、光学顕微鏡の方は上下をひっくり返して描いています。

図1

図1 TEMは光学顕微鏡とそっくり


 (a)は普通の光学顕微鏡の光学系で、ランプの光をコンデンサーで集めて試料に照射し、通り抜けてきた光を使って対物レンズで実像を作ります。この実像を接眼レンズで拡大した虚像を見るわけです。この顕微鏡の筒を少し試料から離して、対物レンズの実像が接眼レンズの焦点よりも対物レンズ寄り(図では上方)にできるようにすると、今度は(b)のように接眼レンズで拡大された実像ができます。そこにスクリーンを置けば拡大された投影像が得られますし、フィルムを置けば写真を撮ることができます。
 さて、(c)はTEMの構成です。ランプが電子銃に、レンズが電磁レンズに代わっただけで、(b)とほとんど同じであることは一目瞭然ですね。試料を透過して来た電子線を使って実像を作り、それを投影レンズでさらに拡大する、という仕組みは、普通の光学顕微鏡と何ら変わらないのです(もちろん電子の通り道は全て真空ですが)。ただし実際のTEMでは、図と違って対物レンズが作る実像から下の部分がもっと長くなります。投影部分は多段式になっており、拡大した投影像をさらに次のレンズで拡大する、というやり方で、対物レンズでせいぜい数十倍にしかなっていない像を何十万倍にも拡大するのです。
 それではここで、TEMのそれぞれのパーツについて少し見ておきましょう。

電子銃
 最も普通に使われる電子の発生源は、白熱電球と同じタングステンのフィラメントです。これに電流を流すと発熱し、タングステンの中の電子が活発に動き回るようになって、ついには外へ飛び出します。図2のように、フィラメントはマイナス、対極(正極)はプラスになるように電圧がかかっていますから、飛び出した電子は正極に向かって引き寄せられます。ところが正極の真中には孔があいているので、勢い余った電子はこの孔を通り抜けて外部へ出て行き、電子線となるのです。

図2

図2 電子銃の仕組み


 正極とフィラメントの間の電圧が高ければ高いほど、飛び出してくる電子は高速になる、つまり電子のエネルギーが大きくなります。エネルギーの大きい電子は波長が短いですから、それだけ分解能が高くなりますので、この電圧はTEMの基本性能に係わる重要な要素です。「加速電圧200kVのTEM」などという言い方をしますが、この「加速電圧」というのが正極とフィラメントの間の電圧のことです。なお、図では正極は1つになっていますが、実際には複数の電極で何段にも重ねて加速する形になっています。
 フィラメントの頭の部分にマイナスの電圧をかけたキャップが付いていますが、このキャップ(ウェネルトと呼びます)には、ボワッと広がっていた電子を絞るはたらきがあります。この電子線が絞られた部分をクロスオーバーと言いますが、後々に電子線を操作して一箇所に集めたり完全な平行線にしたりするときには、電子源が小さいほど理想的な状態になりますから(いわゆる点光源)、ここで一旦電子を集めて小さなクロスオーバーを作るのは重要なことなのです。
 フィラメントとしてはタングステンの他にランタン化合物も使われます。また、ここで説明したような熱による電子放出ではなく、強い電界をかけて電子を強引に引っ張り出す「電界放出(Field Emission = FE)型」の電子銃もあります。電界放出型電子銃は電子線の強度が大きく、エネルギーも揃って質がよいので、精密な観察・分析に向いています。

電磁レンズ(磁界レンズ)
 電子線はマイナス電荷の流れですから、電場や磁場の中で力を受けて進路が曲がります。磁石や電極を近づけて陰極線管の中の陰極線(つまり電子線)を曲げる実験を見たことがある人も多いでしょう。この原理を利用して電子線を操作するのが電子レンズです。
 加えるのは電場でも磁場でもよいわけですが、電場を使った静電レンズは収差が大きいので、TEM用の電子レンズはほとんどが磁場を使った電磁レンズ(磁界レンズ)です(ただし静電レンズは小型化ができるので、超小型TEMを作るのに使う試みはあります)。電磁レンズはおよそ図3のような構造をしています。

図3

図3 電磁レンズの基本はコイル


 基本的にはドーナツ型のコイルですが、ただのコイルでは磁界の強度が弱いので、回りを金属で包み、中心に向かって磁極が突き出した形にしてあります。この磁極の部分をポールピースと呼び、その中心の孔径は数mmです。ポールピースの中では強い磁場が働いており(右図の黒破線)、この磁場の中を電子線が通過することになります。ポールピースの中心では電子線の進行方向と磁場の向きが一致していますので、電子線はそのまま直進しますが、中心を外れた部分を通る電子線は磁場と斜めにクロスしますので、横方向に力を受け、螺旋を描いて中心に集まって来ます。その結果、電磁レンズを通った電子線は、ガラスレンズを通る光のように、焦点に集まったり実像を作ったりするのです。ただし、電子が螺旋状に動くことからわかるように、電磁レンズでは像が回転します。これが光のレンズとの大きな違いです。また電磁レンズではコイルに流す電流を変えることで簡単に焦点距離が変えられます。単独でこのように焦点距離が自在に変えられるものと言えば、光のレンズでは動物の目の水晶体ぐらいのものでしょう。
 電磁レンズの難点の一つは(静電レンズよりは小さいと言っても)光のレンズと比べて収差が大きく、特にレンズの周辺部分ではアラが目立つ、ということでしょう。ですから、電子線はできるだけレンズの中心を通るように調節しなければなりません。この中心軸を合わせる、という操作は、TEMの性能を最大限に引き出すために非常に重要になります。

 TEMには多数の電磁レンズが取り付けられていますが、基本構造はどれも同じで、電子銃から出た電子線はコンデンサーレンズ、対物レンズ、投影レンズを順に通過して行きます。
 電子線がまず初めに入るのがコンデンサーレンズです。図1ではコンデンサーは1個になっていますが、普通は2段構えで、1段目で電子銃が作るクロスオーバーをさらに小さく(通常1μm以下に)絞り、2段目で試料を照射する電子線の方向を調節します(試料に向かって集まって行く収束ビームにしたり、平行に進むビームにしたりします)。これにさらに孔径の違う絞りを入れて、最小に絞った時のスポット径や電子線の方向、強度などを自在に制御するのです。
 次に対物レンズですが、これはTEMの心臓部とも言える部分です。ここで作られる実像の精度が最終的な拡大像の質を決めると言ってもよいでしょう。図1では光学顕微鏡と同じように試料と対物レンズが離れた位置に描かれていますが、実際のTEMでは試料は対物レンズのポールピースの中に入れます(そのために試料の大きさが制限されるのです)。対物レンズの横腹に試料挿入用の穴が開いているタイプや、上からポールピースの中に試料を落とし込むタイプのものがあります。対物レンズのコイルに流す電流を変えると、焦点距離が変化して実像ができる位置が変わりますから、これでピント合わせができます。また電磁レンズには、非点収差と言って、方向によって焦点距離が微妙に違う現象が付き物ですから(光のレンズにも非点収差はありますが、電磁レンズの方が目立ちます)、これを修正するための補助のコイルが付いています。実はコンデンサーレンズにも非点補正の機能はありますが、影響の大きさが全く違いますので、対物レンズの方が厳密に調整する必要があるのです。
 最後は投影レンズですが、これも中間レンズと投影レンズの2段、あるいは3段になっています。対物レンズで作った試料の実像は、前に書いたようにせいぜい数十倍ですから、これを順次拡大して行って、最終的には何十万倍にもするのです。

蛍光板
 光の場合には投影された実像を目で直接見ることができます。しかし電子線の場合は普通にスクリーンに当てただけでは見えませんから、スクリーンの部分に蛍光塗料を塗った板を置きます。この蛍光板に電子が当たるとその部分から目に見える蛍光が出るので、像を観察することができるのです。ただし、蛍光は非常に弱いものですから、明るいところでは見えません。そのためTEM観察の際には部屋を真っ暗にしたり、暗幕をスッポリかぶって操作したりしていました。写真を撮る場合も同様で、外からの光がフィルムに当たっては困りますから、部屋を暗くしたり、撮影の時だけ蛍光板をのぞく窓に蓋をしたりすることが必要になります。しかし最近では、CCDなどの電子線を電気信号に変換する素子を使って、電子が作った実像をモニターに画像として表示できるタイプのものが増えています。これだと部屋を暗くする必要はありませんし、大勢で同時に観察することもできます。


TEM像のコントラスト

 顕微鏡の話で詳しく説明しているように、光学顕微鏡では、光が試料を通過する時に一部が吸収されてコントラストが付きます(全ての波長の光を吸収すれば暗くなり、特定の波長の光だけを吸収すれば色が付きます)。TEMの場合でも、試料の中に、厚かったり密度が高かったりして電子線を通さない部分があると、当然その部分は陰になって暗くなります。ただし、これはTEMの試料としてはあまり適当ではありません。ただ陰になるだけで細かい構造は見えにくいですし、マイナスの電荷を持った電子が溜まって試料が帯電し、後から来る電子線を乱す原因になります。さらに、電子線の大きなエネルギーを試料が受け止めるわけですから、試料自体がダメージを受けて、いわゆる黒コゲ状態になりやすい、という問題もあるのです。ですからTEMの試料は0.1μm程度に薄くして、大部分の電子線を通過させるようにするのが普通です。つまり大部分のTEM試料は電子線に対して透明なのです。となると、あるのかないのかよくわからない、ということになってしまいそうですが、実際にはちゃんとコントラストが付いて像が見えます。そのカラクリを説明しましょう。コントラストが付く主な原因は3つあります。

電子線の蹴散らし ― 散乱によるコントラスト ―
 電子線が試料を通過すると言っても、一直線に素通りするわけではありません。試料による散乱を受けて、ほんの僅かですが出てくる角度が変わります。そこで、図4のように対物レンズの後ろ側に絞り(図では誇張して描いていますが、実際の孔の径は10〜100μm程度)を入れて、僅かに角度が変わった電子線をカットしてやれば、その部分が暗くなってコントラストが付きます。散乱の程度(つまり角度の変化)は、試料の密度や厚さが大きいほど、また含まれる原子が重いほど大きくなりますから、試料の状態が反映された像を得ることができるわけです。

図4

図4 散乱電子線を絞りでカット


 金属の酸化物などでは、密度も大きいですし、重い金属原子も含まれていますから、散乱の角度は割に大きく(と言っても1度もないですが)、はっきりしたコントラストが得られます。ところが炭素と水素と酸素程度しか含まれていない有機物では散乱が小さいので、絞りの孔径が大きいと、図4(b)のように試料を透過した電子線が全部絞りを通過してしまいます。こうなると、散乱を起こしていない背景部分と同じ明るさになってしまいますから、コントラストは得られません。このような場合には絞りの孔径を思い切り小さくして、僅かに角度変化した電子線もカットしてやることが必要になるのですが、像を作る電子線の量が少なくなり、全体に暗い像になってしまいます。そこで、重い金属を含んだ薬品を試料に染み込ませて散乱を大きくする「染色」という方法も使われます(電子線では光と違って色は関係ないのですが、光学顕微鏡で染料を使って試料を着色する方法に倣ってこう呼んでいます)。

結晶による電子線の折り曲げ ― 回折によるコントラスト ―
 試料が結晶性の物質である場合、単なる散乱と違って、各原子からの散乱が干渉し合って特定の方向に進む「回折」現象が起きます。回折された電子線はけっこう強いですから、これを対物絞りでカットしてやれば、普通の散乱だけの時よりもはっきりしたコントラストが得られます。この場合、電子線の回折を引き起こした結晶は、回折を起こしていない部分(結晶性でない部分や、結晶であってもその向きが回折を起こすのに適していない部分)よりも暗い像として見えるのです(図5(a))。

図5

図5 回折線を利用したコントラスト


 逆に、対物絞りを横にずらして回折線だけを通過させることもできます(図5(b))。この場合は、暗い背景の中で回折を引き起こした結晶だけが明るく光って見える像、つまり暗視野像になります。普通、回折線はたくさん出ますが、後で説明する電子線回折像を使えば、その中から望みの回折線を選び出して暗視野像を作ることができます。
 図5(b)の方法で暗視野像を作ると、像を作った電子線(回折線)は斜めに出て行きますから、その後に続く投影レンズの端の方を電子線が通ることになります。先に書いたように電磁レンズは中心から外れるほど収差がひどくなりますから、これでは具合がよくありません。そこで実際のTEMでは、図5(c)のように試料に照射する電子線の方を傾けて、回折線がレンズの中心を通るようにしています。

直接線と回折線の干渉 ― 位相によるコントラスト ―
 図5のような絞りを入れなければ、直接線と回折線とは結局は実像のところで一緒になります。試料上の同じ一点から出た電子線は、直接線であれ回折線であれ、実像のところでは同じ一点に集まりますので、この状態ではただ全体が明るくなるだけです。ところが、焦点をわずかに外れた、例えばほんの僅かに対物レンズ寄りの部分ではどうでしょうか。電子線はまだ一点に集まっておらず、少しだけ広がっています。その少し広がった電子線が、直接線と回折線という2方向からやって来るわけですから、この2つの波は干渉を起こし、縞模様を作ります。これが位相によるコントラストで、格子像と呼ばれます。格子像を観察するには、直接線と、それと干渉する回折線が一つだけあればよいので(たくさんの回折線が混じるとゴチャゴチャになってしまいますから)、図6のように対物絞りの位置や孔径を調節して、必要な電子線だけを通過させます。
 結晶による電子線の回折現象は、結晶の格子が回折格子として働いた結果だと考えることができます。立体映像の話のホログラムのところでも書いているように、格子間隔の狭い回折格子ほど光を大きな角度で回折させ、逆に大きな角度で交わる2つの光は間隔の狭い干渉縞を作ります。同じことが電子線にも言えて、図6(a)に示すように、間隔の狭い結晶格子からの回折線は大きく折れ曲がりますから、これが直接線と交わって干渉すると、間隔の狭い縞模様ができます。一方、間隔の広い結晶格子の場合には、(b)のように回折線と直接線の角度は小さく、それらが交わってできる縞模様の間隔も広くなります。つまり、元の結晶の格子間隔に応じた干渉縞が作られるのです。

図6

図6 電子線の干渉で作られる結晶格子の像


 詳しい説明は省略しますが、実際に、倍率10万倍のTEMで作られる干渉縞は、正確に元の結晶格子の10万倍の間隔になります。その意味では、結晶の構造をTEMで直接に「見た」と言えなくもありません。ですが、これはあくまでも「干渉縞」であって、結晶の原子配列が直接に見えているわけではないのです。その証拠に、原子がバラバラになっているような物質では、個々の原子の像を、格子像のような高い分解能で見ることはできません。TEMの分解能を示す場合に、「点」の分解能と「格子」の分解能が別々に表示されているのはこのためです。
 なお、実際のTEMで格子像を観察する場合には、図6(c)のように試料を照射する電子線を傾けて、直接線と回折線が中心軸を挟んで対称になるようにします。こうすることで、暗視野観察の場合と同様にレンズの中心の収差が少ない部分を有効に使って、質のよい像を得ることができるのです。また、一つの電子線の中に位相がずれた波や波長の違う、つまりエネルギーの違う波が混じっていると、別の波と交わってもちゃんと干渉することができません。ですから格子像を観察するには、位相とエネルギーの揃った、質のよい電子線が必要で、その意味で、格子像を見るための電子線源としては、熱電子型の電子銃よりも電界放出型の電子銃の方が適しています。


回折現象そのものを観察する ― 電子線回折 ―

 図5や図6をよく見ると、試料上の違う場所から出た直接線どうし、回折線どうしが途中で一点に集まっていることがわかります。試料を平行に近い電子線で照射した場合、そのまま透過する直接線は当然平行のままですし、同じ結晶から出る回折線どうしも互いに平行です。その結果、「平行光線は焦点に集まる」というレンズの基本に従って、直接線、回折線がそれぞれ一点に集まるのです。そこで、投影レンズ(実際には投影レンズ系の一番上にある中間レンズ)の焦点距離をうまく調節してやれば、実像ではなく、この一点に集まった像を蛍光板やフィルム上に作ることができます。これが電子線回折像です。

図7

図7 実像と電子線回折像の作り方


 図7(a)は通常の実像を作る場合で、対物レンズが作った実像(実像1)のそのまた実像(実像2)がちょうど蛍光板の位置にできるようになっています。これに対して図7(b)は電子線回折像を作る場合で、投影レンズの焦点距離を長くすることで、実像1よりも上の方にできている回折像にピントを合わせ、これの実像(実像3)が蛍光板上にできるようにするのです。
 結晶の形や格子の間隔が違うと違ったパターンの回折が起きますから、電子線回折像は結晶の特徴を知るのに大いに役立ちます。ところが、粉末状の試料などの場合には種類や向きの違う結晶がたくさん混ざっていますから、ただ単に回折像を作っただけでは、いろいろなパターンがごちゃ混ぜになって何が何だかわからなくなってしまいます。そこで、ちょうど対物レンズによる実像(実像1)ができる位置に絞りを入れて、試料の特定の領域からの電子線だけを取り出します。この絞りのことを、視野を制限するという意味で「制限視野絞り」と呼び、制限視野絞りを使って回折像を作る方法を「制限視野回折」と呼びます。
 実際の操作としては、まず図7(a)の普通に像を観察するモードで制限視野絞りを入れます。制限視野絞りは実像1のところに入るので、蛍光板上ではしっかりピントが合って絞りの輪郭がクッキリ見えるはずですから、ここで試料上の調べたい領域を限定します。この状態で投影レンズ系の設定を図7(b)の形に切り換えると、制限視野絞りを通過した電子線のみの、つまり目的の領域だけに限定した制限視野回折像が得られるのです。
 これとは逆に、図7(b)のモードで回折像を出しておいて対物絞りを入れると、今度は対物絞りの輪郭が蛍光板上でクッキリと見えます(対物絞りは回折像のところにありますから)。ここで、電子線を傾けたり、対物絞りの位置や孔径を調節したりして特定の回折線だけを通過させるようにすれば、図7(a)の状態に戻した時に、選んだ回折線による暗視野像や干渉縞を見ることができます。


TEM観察の成否を決める「試料作り」

 これまでザッと説明して来たように、いろいろな形で試料の観察ができるTEMですが、肝心の試料の作り方がマズいと話になりません。実は、試料作りがうまく行けば、TEM観察は8割方成功したようなものなのです。ポイントは、「元の状態を壊さないで、いかに薄く丈夫な試料を作るか」ということです。
 液体に分散した粉末試料などでは、そのままばら撒くだけで観察用試料が作れる場合もありますが、普通は薄片状の試料を作らなければなりません。薄片を作る一般的な方法は、大きく分けて二種類。その一つは特殊なナイフで切る方法です。ナイフと言っても普通のナイフとはずいぶん違うもので、刃はダイアモンドでできており、ミクロトームという装置に取り付けて使います。ミクロトームは光学顕微鏡の試料を作るのにも使われますが、要求される薄さが全く違いますから、TEM用には非常に精度の高い、高価なものが使われ、場合によってはTEM本体と同じぐらいの値段になるほどです。
 ミクロトームを使った試料作りの概略を図8に示しました。まず試料をエポキシ樹脂に埋め込み、カミソリなどで先端をピラミッド状に尖らせた後、ミクロトームに取り付けます。試料を取り付けた腕が上下に動きながら僅かずつ前進し、ダイアモンドナイフで、試料の薄片がエポキシ樹脂ごと切り取られて行きます。

図8

図8 ミクロトームによる試料作り


 普通はナイフの凹部に水を入れておき、切り取った薄片が浮かぶようにします。これを、直径3mmほどの銅のメッシュに薄い膜(TEMの観察ではほとんど透明で何も見えないような薄い有機物の膜)を張った「グリッド」と呼ばれる試料台にすくい取って、TEM観察の試料とするのです。
 元の試料とエポキシ樹脂との硬さが同じぐらいの場合は割と簡単に切れるのですが、硬さが大幅に違っていると、試料がばらばらになったり、ナイフに引っかかって引き攣れた状態になったりしてうまく行きません。そんな時はナイフや試料が収まっている部分に液体窒素を入れて冷却し、試料もエポキシ樹脂もガチガチに凍らせて硬さの差をなくします。この場合、切れた薄片を水に浮かべることはできませんから、ナイフの上に乗った薄片を、ブラシでグリッドの上に移さなければなりません。この時に使うブラシには、人間のマツゲの一本を接着剤で竹串などの先端に貼り付けたものがよく使われます。これをアイ・ラッシュブラシと言います(アイ・ラッシュ(eye-lash)とは「マツゲ」のことです)。このアイ・ラッシュブラシは、水に浮かんだ薄片をたぐり寄せる時や、ナイフや試料に付いた切り屑を払う時などにも役立つ必需品です。とにかく扱う物のサイズが小さいですから、ほとんどが顕微鏡下の作業です。かなり手先が器用でないとミクロトームは扱えません。
 ミクロトームを使った試料作りで、一つ面白い経験がありました。それは、ある微粒子が水に分散した非常に濃厚な分散液の中で、粒子の分散状態を見る、というものです。分散液をグリッドに乗せて乾かしたのでは、乾いて行く過程で分散状態が変わってしまいます(たぶん、激しく凝集します)。かといって凝集しないほどに薄めてしまうと、もはや元の状態とは言えません。当然、エポキシ樹脂に埋め込む方法もダメです。そこで思いついたのが、分散液を急速冷凍して固めてしまう、という方法です。直径1mmほどのアルミの棒をミクロトームの中で液体窒素で冷やし、その先端に分散液を落とすと、こんもりと盛り上がった形で瞬時に凍ります。このアルミ棒をミクロトームの腕に付けて、いきなり切ったのです。できた薄片をグリッドに乗せて取り出すと解凍しますが、0.1μmの薄い膜ですから、中の粒子が横に移動する間もなく乾きます。この方法で、分散状態をそのまま観察することができたのです。

 有機物などの比較的軟らかいものはミクロトームで切れますが、無機物はそうは行きません。無理に切るとバラバラに壊れてしまいます。そこでこのような硬い試料は、もう一つの試料作りの方法、真空中でイオンをぶつけて削る、という方法が採られます。イオンミリング(ion milling)、あるいはイオンシニング(ion thinning)、と呼ばれる方法です。
 試料は、研磨機などを使ってあらかじめ50μmぐらいの厚さまで削っておきます。これを中央に孔の開いた試料台(大きさは先のグリッドと同じで、直径3mm)に乗せ、図9のように回転させながら両側からアルゴンのイオンを浅い角度で照射して、真中に孔が開くまで削るのです。このようにすることで、孔の周辺は電子線が十分に通り抜けられる厚さになっている、というわけです。アルゴンイオンはガスの電離によって作られ、これを電子銃と同じような方式で加速する仕組みになっています(アルゴンイオンは電子と逆にプラスの電荷を持っていますから、当然、電子銃とは逆に負極で引っ張って加速します)。
 イオンミリングと似ていますが別の方式として、収束イオンビーム(Focused Ion Beam = FIB)法、というのがあります。これも加速したプラスイオンで加工する方法なのですが、イオンミリングが「削る」方法であるのに対して、収束イオンビーム法は「切る」方法、と言えます。アルゴンよりも重いガリウムを使い、細く絞ったビームで試料を鋭く「切る」のです。ある意味適当に試料を削っているイオンミリングと違って、狙った位置を精密に加工できる方法で、まさにミクロの彫刻という感じです。

図9

図9 イオンミリング法と収束イオンビーム法


 イオンミリングも収束イオンビームも、試料を構成している原子を強引にたたき出しているわけですから、試料にはどうしてもダメージが残ります(同じことはミクロトームで切る場合にも言えます)。TEM観察ではどうしても避けられない問題、と言えるでしょう。少しでもダメージを軽くするために、加工の最後に弱めのビームで仕上げる方法も使われています。もっとも、観察の時に電子線で照射すること自体、試料を黒コゲにしている、と言えなくもないのですが・・・・・。

 試料の内部ではなくて表面の構造を見ることができるレプリカ法という手法もあります。揮発性の有機溶媒に溶ける性質を持ったフィルムを用意し、試料表面に有機溶媒をかけて、このフィルムを押し当てます。するとフィルムの表面が一旦溶けた後、有機溶媒が蒸発して、試料の表面形状に合わせた形で再び固まります。試料の表面を鋳型にした、いわゆる「レプリカ」がとれるわけです。このフィルムにカーボンを蒸着し、フィルムを有機溶媒で溶かしてしまえば、正確に試料の形状を写し取ったカーボンの薄膜ができるので、これをTEMの試料とするのです。ただし、このままではコントラストが付きにくいので、さらに白金などの重い金属を斜めから蒸着して陰を作る、という方法が採られる場合もあります(図10)。

図10

図10 レプリカ法


 白金などを斜めに蒸着する方法は、レプリカ法に限らず、試料の凹凸を強調したい時によく使われます。ここで間違ってスパッタリングをしてはいけません。スパッタリングと蒸着は、どちらも真空中で薄膜を作る方法ではありますが、その原理は全く違います。スパッタリングは、ターゲットと呼ばれる金属などの塊にイオンをぶつけて原子の集団を叩き出し、これを基板の上に積もらせる方法で、真空度が低い分、叩き出された原子集団の飛ぶ方向がまちまちになって陰の部分にも回りこんでしまいます。これはこれでいろいろ使い道があるわけですが、陰を作るのには使えません。その点蒸着法は、加熱して蒸発させた金属の蒸気が真空中を真っ直ぐに飛んで来ますから(真空中では風は吹きませんから。真空の話参照)、凸部の背後にはクッキリとした陰ができるのです。


超高圧電子顕微鏡

 最後に余談を一つ。普通のTEMの加速電圧は100〜300kVぐらいです。これに対して、1000kV(100万V = 1MV)を超える強烈な加速電圧を持ったTEMがあり、超高圧電子顕微鏡と呼ばれています。大きなものでは3階建て〜4階建てほどの高さで、付随して発生するX線を遮るために厚い壁で囲まれており、ちょっとしたタワーといった感じです。加速電圧が高くなると分解能が上がるのですが、このレベルまで来ると、分解能のアップにはさすがに限界が来ます。実は超高圧TEMの最大の特徴は分解能ではなくて、厚い試料でも観察できることなのです。
 数MVもの電圧で加速された電子線は勢いが桁違いですから、少々厚い試料でも突き抜けます。有機物なら数μmの厚さでも大丈夫です。こうなると、薄い試料を作るために無理をする必要がなくなり、加工時のダメージを減らすことができるので、試料の本来の姿を見られるようになります。また、普通のTEMでは十分に真空度を上げて余分なガスをなくさなければ電子線が乱されてしまうのですが、超高圧TEMでは電子線が強いのであまり影響されません。ですから、真空度を上げるために試料室を小さくする必要がなくなり、試料を加熱したり力を加えたりする装置ごと中に入れることも可能になります。つまり、試料にいろいろと変化を与えながら観察することができるのです。より自然な状態で試料を見ることができる装置、ということですね。



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